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マインドフルネス入門【わかりやすい禅の考え方】

MINDFULNESS

「最近集中できないんだよな~」

「なんか知らないけど、ずっとイライラしてる」

「てか、マインドフルネスって何?」

こう考えているあなたにぴったりの記事です!

自分を客観的にみる力

マインドフルネスとは、自分を客観的にみる力のことです。いかに、勝手に評価をしたり、妄想などをしたりせずに今、自分がしてることに集中するか、目をむけるか、ということです。

マインドフルネス状態に慣れてくると、私たちが生きていくうえで避けてはとおれないきついことからくる、悩み、いかりなどの感情をコントロールできるようになります。

有名企業も研修に取り入れたりしていて、その効果が現れて仕事にも活きてきたりしているのもたしかです。

その例として、禅の考え方がイメージしやすかったりします。日本の文化にもあった、マインドフルネスについてみてみましょう!

禅とは修行のこと

禅はよく勘違いしやすいのですが、神様を信仰するのではなくて、黙々と行う修行のことです。キリスト教やイスラム教のように神様を信じるようなものではありません。神様の創造。禅の概念は神が生み出すものを否定してます。

修行を通して、生まれながらにしてもつ「本来の自分に立ち返る」ことを目的とされてます。

実は禅のルーツは仏教です。世界三大宗教のひとつでもある仏教。開祖はガウタマ・シッダールタ、日本で言われるお釈迦様です。

宗教ではあるものの、「神様あがめる系」ではなく、人の教えです。

三大宗教の中で唯一、

人の教え

なんです。宗教というよりも哲学に近い感じがします。うーん、おカタい話になりましたね・・・。

ちょっと小噺をいれます。禅というのは、仏教の三学が起源です。戒学(かいがく)・定学(じょうがく)・慧学(けいがく)といいます。中でも「じょうがく」が心がユラぐことがなくなった安定してる状態、つまり心が乱れることを予防する方法をゲットする、ほとけのみち、と書いて仏道の1つとされてます。

日本に禅が伝わったのは鎌倉時代。日本史をサワったことある人はチラっと聞いたことがあるかも?「鎌倉仏教」と言われてました。色々な宗派、天台宗だったり臨済宗があったりします。 これらの共通コンセプトが禅です。「心が乱れることを予防する方法をゲットする」それを「俺が開祖だー!」みたいな感じで宗派が分かれたんじゃないかなぁーと。(しらんけど。)

ということで、禅がなんなのかなんとなくわかったらOKです。次は禅からマインドフルネスを考えてみましょう〜。

マインドフルネスのためのツール

マインドフルネスとは「自分を客観的にみる力」。スキルのことです。いかに、注意がそれがちな

今、この瞬間に目を向けるか

意識を向けるかです。

今この瞬間から意識がそれてしまうときってありますよね。たとえば・・・「妄想」についてかんがえてみましょう。

妄想は、ある種の現実逃避です。それでも、私たちは妄想しがち。

「妄想してはいけない」のではなく、そんな自分を、「あ、今妄想してるな〜。」と認識する。これがマインドフルネスの状態です。現実は確かにきついことが多いですし、つらいですよ。だからわたしたちは妄想、おもい巡らせたりします。でも悪いことではありません。

妄想のクセがある場合、もしかすると何か「しなければいけない」ことがおおすぎて、現実逃避をしがちかもしれません。

 

無意識なMustの苦しみ

ほとんどの人が、さっきみたいに「妄想しちゃいけない」みたいな無意識的なMustに苦しんでいます。

「無意識のうちに○○しなきゃいけない・・・。」「ダイエットしなきゃいけない・・・。」「規則正しく生活しなくちゃいけない・・・。」

とおもったりしてませんか?

私もこんな感じだったのでよくわかります。笑 私の場合は、特に「朝おきなきゃいけない」でした。

実は朝ほんと弱いんです。笑 欲を言えばお昼までねてたい派です。

私のmustの苦しみは、朝おきれなかったら、

「あぁー今日も朝おきれなかった。なにやってんだよ」

みたいな自分を勝手に中傷しはじめます笑

でも、本当に朝おきる必要があれば、身体は勝手におきるようになるものではないかとも思います。それでもおきれない場合、「今回はねることが最優先だ!」と身体がサインを出しているかもしれないです。

もっというと、mustというのはあまりないと思います。100%やれってことです。いつも絶対にやらなければいけないことに囲まれすぎてしまったらどうです?? 物事に対して完璧を求めるようにもなると思います。 つかれません?? こうなったら精神的に病んじゃってもおかしくないですよ・・・。

さて、禅の本質に戻ると、心が乱れることを予防することを通して、

本来の自分に立ち返ること

これを目的としています。

これだけでも日々意識していると、無意識なMustとバイバイできるかもしれません。私はこれめっちゃ意識してます。だって心が乱れやすいから。笑

では、心が乱れなくなった時の境地。悟りがどんな状態なのかをみていきます。

 

悟りは幸せの追求

悟りというのは、あらゆることに感情のアップダウンがなく、心が安定した状態です。こうなれば、結果として幸せに生きることができる、とされてるのが禅の考え方です。

幸せっていうのは誰もがちがう定義をもってると思います。語源をしらべてみると、「幸せ」英語でいうhappyの語源、Hap。これは良いことって意味なんですけど、「良いことがおきる」って意味です。自分にとって良いことが起きたら、そりゃもう幸せですよね。

日本語的には、「仕合わせ」とかきます。「ものごとの合わせ」、「めぐり合わせ」のことです。良いめぐり合わせがあったらめっちゃhappyですよね〜。

幸せになるために、悟っている状態「あらゆる現象に一喜一憂することなく心が安定した状態」にする手段、がいわゆる自分を客観的にみれている状態

マインドフルネス

もとい禅の考え方だと思います。

じゃあ逆に心が不安定だとどうなるか。私の経験で言うと、人を傷つけてしまったりします。コミュニケーションに誤差があって、おたがいに不幸せな状態になってしまったりもしました。こういう経験もあるので、私も悟っているわけではないです。心が乱れるときなんていうのはしょっちゅうです。だからこそ、その

乱れを見つけていかに自分を客観的に見るか

という努力をしてます。閑話休題!

 

まとめ

  • 禅とは、本来の自分に立ち返ることを目的とした修行のこと
  • 禅はマインドフルネスの状態になるツール
  • 自分を客観的にみることで、無意識なMustを手放せる
  • 悟りは幸せの追求の究極
  • 身体と心を健康にするためのツールにもなる

アクション
日常生活で感情のアップダウンをみつける
思考せずにモクモクとできることをみつける(筋トレもGood)

個人的にZENで好きな考え方があるんですけど、

不立文字(ふりゅうもんじ)というのがあって、「文字や言葉による教えを伝えるほかに、体験によって伝えるものこそ真髄である」という意味です。これは自分の経験を元に何かを伝える、つまり体験しているからこそ誰かにも伝えられるってことです。この考え方好きなんですよ。私もそうありたいな〜と思います!